音が世界をつくる

心のBGMに氣づいていますか?

今日のテーマは

心のBGM

 

私たちは

1日に5万回から10万回くらい

思考というアタマのおしゃべりを繰り返しています

そして、自分自身に

常になにかをつぶやいてる状態です

 

そしてそのつぶやきが

思考や感情を生みだします

 

そのつぶやきは

常に流れているBGMのような

わたしたちが

慣れ親しみ

意識の奥深くまで浸透してしまっている「信念」です

 

あなたの思考

感情、言動は

その慣れ親しんだつぶやきのBGM

すなわち、信念によって生み出されているのです

 

そして

わたしたちの感情のバイブレーションが共鳴する現実が

目の前に現れます

 

コンピューターにたとえれば

「意識」はOS

「信念」は

アプリケーションプログラムのようなもの

 

 

信念は

生まれてから今まで私たちが浸されてきた

社会的な通念や

周囲の親しい人たちの思い込みから

形成されているだけで

 

まったく真実ではないことがほとんどです

 

この世は大方

私たちの本性を封じ込めるように

はたらいていますからーー

 

だから

無意識的に生きていると

信念は

私たちの能力や才能を

封印する方向にはたらいていることが多い…

 

 

わたしはこの半生

ほんとうに

いろいろなことに手を出してきましたが

 

なにをやっても

どこまでいっても

いつもどこかに虚しさを感じ続けていました

 

「生きている」という実感を求めて

注ぐべきではない方向にまで

莫大なエネルギーを注いできました

 

その暴走の道の途上で

私は自分自身にいつも投げかけている

つぶやきに氣づきました

 

 

「わたしには価値がない」

「このままではいけない」

「このままでは

わたしは存在することもゆるされない」

だから

「何ものかにならなくては」

「もっと価値のあるものにならなくては」

もっと、もっと…、、、

 

いつもわたしを

今ここではないどこかへ

急き立てる

あるいは

過去への呵責へと引き戻す

 

「自分自身には価値がない」という考えは

一体どこからきたのか…

 

ずっと、その原因を探していましたが

 

そのルーツを突き止めることは

それほど重要なことじゃありませんでした

 

ただ

その思い込みが真実ではない

ということだけが重要でした

 

だから、とっとと、捨ててしまえばいいんです

 

わたしにはムリ

わたしにはできない

わたしにはチカラがない

 

他の人には当たり前に起こる幸運も

わたしには起こらない

わたしはわたしを信じられない、、、

 

なぜ

そんな考えを持ち続け

つぶやき続けるのでしょうか?

 

「信念」が

アプリケーションプログラムなのであれば

「意識」は

OSーオペレーションシステムです

 

意識は信念を選べます

 

意識は

「氣づいていること」であり

「積極性」であり

「自分軸」と言ってもいいかなと思います

 

いつの間にか知らぬ間に

一方的に与えられ

勝手に浸透してきた信念に乗っ取られた人生を

もうそろそろやめにしませんか?

 

もし、今、人生が虚しいと感じているのであれば

それは

「無意識的に」

「受け身の消極性」

「他人軸」

で生きてきた結果です

 

今ここで

あなたという存在をしっかりと認識してみませんか?

 

誰かから信じ込まされた自己イメージではなく

あなたが、あなた自身が

「わたしはこれだ」という

ホンモノの自己を認識する

 

そして

「それで生きる」と決める

 

とってもシンプルなことですね

 

そして、その「ホンモノの波動」を維持しつづけること

 

これが一番タイヘンかもしれませんけどね

 

ゴールをしっかりと意識すれば

わたしたちはその道を進むようにできています

 

意識の光のもとでは

無意識の心のつぶやきはただ消えるしかないんです

だってそれは、ほんとうのあなたじゃないんだから

 

意識スイッチをオンにしましょう♬

そんなにむずかしいことじゃありませんよ

 

りらの響き 案内人 神遊りら