女神たちのタオイズムー老子道徳経

老子道徳経-第46章-心の底から満足しよう

老子道徳経

-第46章-

 

天下に道あれば

走馬を却(しりぞ)けて以て糞(ふん)し

天下に道無ければ

戒馬(じゅうば)郊(こう)に生ず

 

罪は欲すべきより大なるは莫(な)く

禍いは足るを知らざるより大なる莫く

咎(とが)は得るを欲するより惨(いたま)しきは莫し

故に足るを知るの足るは、常に足る

(老子 金谷治著 講談社 書き下し文より引用)

 

 

タオのあり方にしたがった世の中では

畑を耕すのにつかわれる馬が

タオのあり方からはなれると

戦争に駆り出される

 

過ぎた欲望ほど大きな罪はない

満足することを知らないことほど、大きな禍いはない

何かを得ようと欲するほど、いたましい罪はない

だから

足るを知るという満足は

ほんとうに充ち足りた

まことの満足なんだ

神遊りら 訳

 

 

 

いつの時代も

欲望を持ちすぎた人たちによって

世界は乱されてきた

馬を戦争に使っていた時代と

今と、その状況は変わってやしない

 

今、もし

世界のほとんどの人が

自分が生きていられることに

心から感謝できたとしたら

大きな争いなんて起こるはずもない

 

不満を、不安を埋めるため

幸せを求めて

今、自分がいる場所に、環境に

どんどん何かを付け加えようとしてる

 

何かを付け足せば

何かを得れば

自分はきっと幸せになれるって

信じてる

 

そりゃあね

欲しいものはたくさんあるだろうよ

だけどそれって

今自分が持っているものと引き換えにできるほどの

価値のあるものなのかな

 

じゅうぶんに動くカラダ

笑いあえる仲間や家族

雨をしのげる家

飢えることのない環境、、

 

挙げればキリがないはずだ

 

それと引き換えに

欲しいものなんてあるのかな

 

世界に貧しいひとたちはいる

だけど

過ぎた欲望を抱く権力的な人たちがいなければ

その貧しさは一瞬で消え去るはずだ

 

飢えに苦しむ人たちは

そのままでいれば、飢えるはずもないものを

過ぎた欲望を持つ人たちによって

飢えることを余儀なくされている

 

欲望を抱けば抱くほど

それに囚われれば囚われるほど

ほんとうのゆたかさは

手からこぼれおちていく

 

もっともっと、と求めるありかたが

わたしたちを貧しくしている

 

足るを知る、っていうのは

まあ、こんなもんだろう

自分にはこんな程度がお似合いだとか

自分を卑下したり

ムリに納得させるんじゃなくって

 

ああ

わたしは、こんなに多くのものを持っていたのだなあ

恵まれていたのだなあ

心の底から感謝するってことじゃないかな

 

そうしたとき

肥大した欲望は

雲散霧消していく

そして、氣づくんだ

 

自分を駆り立てていた

肥大した欲望は

自分のものじゃなかった

まぼろしだったってね

 

あそびをせむとやうまれけん

神遊りら