女神たちのタオイズムー老子道徳経

老子道徳経-第77章-ゆたかさを拡大する方法

老子道徳経

-第77章-

 

天の道は弓の弦を張るときのようなものだ

高い位置にある末はずは下に抑え

低い位置にある本はずは上に引き上げ

余りがあれば減らし

足らなければ補う

天の道は

余っているものは減らし

足らないものは増やして補うけど

人の道はそうじゃない

足りないところをもっと足りなくして

あり余っているところを増やそうとする

 

だれが

余っているものを世の中のために差し出したりするだろう?

それはただ、道をわきまえた人のみにできること

タオの人は

何かを成し遂げてもそれを頼りにしない

成功しても、そこに居座らない

自分の賢さをひけらかすことを好まないんだ

神遊りら 訳

 

 

 

 

今の世の富のほとんどは

富裕層といわれる人たちが占めてる

その人たちが自らの富を社会の奉仕に役立てるなら

この世の貧困はすぐさま解消するだろう

 

でも、彼らはそうしない

人間界では

富める者はますます富み

貧しい者はますます貧しくなる

そのループは、いつの時代も止むことはなかった

 

わたしたちは富裕層じゃない

でも、食うに困るほど貧しくもない

ここ日本では

衣食住も足りている人がほとんどのはずだ

最近は、それも危うくなっているかもしれないけど

それでも

日本はゆたかだ

わたしたちは

他の国の人たちよりも

ゆたかさにフォーカスしやすいはずだ

 

今の社会は、天の道に沿ってない

それは確かにそうだ

だけど

社会のありようは置いといて

自分だけは、天の道に沿うことはできる

 

天の道に沿う人は

「足る」ことをしっている

 

健康なからだを持って

それなりにはたらけていれば

今の日本で食うに困ることはあまりないはずだ

 

でも

わたしたちの心は常に貧しい

持っているのに

ない、足りない、欲しい、という

貧しいから、足りないから

人に分け与えることなんてできないと思う

分け与えたら、自分の分が減ってしまうと思うから

 

でもね

足ることを知れば

自分が既にゆたかさの中にあることを知る

 

そしたら

そのゆたかさを少しだけでいい

誰かのよろこびのために使ってみようか

まずは身近な相手からでいい

そしてだんだんと

そのゆたかさのおすそ分けが

見知らぬ人にまで広がっていったら、猶おいい

 

タオの人は

やってきたものを

「自分のもの」としない

どんな成果も、栄光も財産も

 

それは天からの贈り物であり

再び天に還すものだと知ってる

その奉仕は、ゆたかさをどんどん拡大する

 

社会が天の道に沿っていないからといって

それに倣う必要はないし

嘆く必要もないよ

 

わたしたちひとりひとりが

天の道に沿う生き方を選択すればいい

きっと、それだけなんだよ

 

あそびとせむとやうまれけむ

神遊りら

 

 

 

 

天の道は其れ猶お弓を張るがごときか

高き者はこれを抑え

下(ひく)き者はこれを挙げ

余り有る者はこれを損じ

足らざる者はこれを補う

天の道は

余り有るを損じて

而して足らざるを補う

人の道は則ち然らず

足らざるを損じて

以て余り有るに奉ず

 

孰れか能く余り有りて以て天下に奉ぜん

唯だ有道者のみ

是を以て聖人は

為すも而も恃(たの)まず

功成るも而も処(お)らず

其れ賢を見(あら)わすを欲せず

(老子 金谷治著 講談社 書き下し文より引用)