ライフ・パス・ナンバー(軌道の数)

ゼロポイント数秘術ーライフ・パス「6」

ゼロポイント数秘「6」

の本質

無条件に愛し与える 真・善・美
ハートの真実を生きる 与え育む
真実と結果の責任 正直さ

 

6のライフ・パスは

「無条件の愛とは?」を問いかける軌道です。

自己のハートに正直であることがテーマ。

6の人は

きめ細やかなサービス精神、平和的な従順さの質を持つ人が多く

他人の人生を生きてしまいがちです。

 

人間関係で悩むことが多いのも

自分のハートが求めていることに応答するための成長のプロセスです。

 

愛されたいと願うよりもまず自分を愛すること

相手を大切にしたいなら、まず自分を大切にすること

 

自らの愛でハートを満たせば、外側に愛を求める必要はなくなります。

そのときはじめて、与える愛の喜びを知るのです。

6のエネルギーは、「ハートの領域」に存在します。

ハートにフォーカスし

そこから応答し行為する質であり

自分自身の真実に責任を持つ能力です。

 

温かさと正直さと強い責任感を持ち

人に慕われ、そして人に尽くします。

美の感覚はハートから来るので、芸術的センスもあり、美しいものを好みます。

 

ハートの真実を正直にそのまま認め

見返りを期待せず

無条件に愛し与えるのが6の本質です。

ただし

美しさ、善行、公平さに固執したとき

それは強烈な期待と見返りを周囲に投影することになります。

愛し愛されること正しくあること、善い人間であることに執着すれば

常にジャッジと葛藤に苛まれることになり

ハートの真実は覆い隠されることになります。

 

過剰の場合

見返り、期待を求める

善悪のジャッジ

高潔であろうとする

強すぎる道徳観念(~すべき、~しなくてはならない)

強すぎる責任感、義務感

独善的、論争的

おせっかい

 

不足の場合

間違うことへの怖れ

罪悪感

不道徳、不倫

反動からくる無責任

 

6の人の癒しは、

承認や見返りを求めず

ハートの正直さから行為し、その責任を取ること

によって起こります。

 

過剰でも不足でも、6の人の根底にあるのは

「間違うことへの怖れ」です。

 

一般的に私たちは「何が正しいか」を

社会的な規範や周囲からの意見、反応を通じて決定していきます。

そして、何をすべきか、何をすれば認められるのか

のパターンをつくり上げていきます。

 

「私は正しいこと、良いことをしている。

だから認められるだろう」

という見返りを求めるパターンです。

その期待は、ときには満たされることがあるでしょうが

大体の場合は裏切られます。

そして、その都度落胆し、怒りや恨みを募らせるのです。

自分は正しく善い人間であろうと尽くしているのに、みんな私を認めてくれない、、

誰も私を愛してくれない、、と。

 

承認や見返りを得るために行為するのであれば

それは無条件の愛とは程遠いものになります。

周囲に認めてもらえない怒りと

「自分が悪いから愛されない」という罪悪感に苛まれることになるでしょう。

義務感や承認欲求から来る選択なのか

ハートの望みから来る選択なのか。

それは、外側からは同じように見えても、全く別のものです。

 

「愛に満ちて在る」状態は

私たちが思っているほど美しく素敵でないこともあります。

 

ハートの真実から選択し行為することを

一度も体験しないまま大人になってしまうと

その人は盲目的に、「愛のようなもの」を渇望しつづけます。

 

「ハートの真実」以外の真実はありえないのですが

それを知らない人たちは

いつも「正しさ」を求めて周囲を見なくてはならなくなり

何が正しいのかを迷い続けて疲れ果ててしまうことでしょう。

 

ハートの正直さとは

自分の好きなことをただ身勝手に選択することではありません。

どんな結果になろうと

自分の心の奥深くにあるフィーリングに正直になり

その選択の責任をとること

その覚悟が大切なのです。

 

義理や義務感から誰かのために選択するのではなく

また

自分の意思を通す選択したことに罪悪感を抱くのでもなく

ただ、ハートの正直さに従った結果

周囲の怒りや不満を買おうとも

それらすべてを受け容れるという覚悟なのです。

 

自分の中心から選択し、行為し

その責任を取るとき

人とのかかわりは、戦略や見返りのない

とてもクリーンで氣持ちよいものになります。

そして、そうあればあるほど

私たちはハートとつながっていられるようになるのです。

 

私は人も自分も裁かない。

私は自分を無条件に愛するように

人を無条件に愛する。

神遊りら